2010年05月23日

軍艦行進曲と義勇軍行進曲の類似性

軍艦マーチ中国国歌合体楽譜キャプ.jpg



大日本帝国海軍の軍歌「軍艦行進曲」。軍艦マーチとしてよく知られている。マーチとしては、名曲の部類に入るかと思う。中曽根首相が米国を訪問した時には、彼が元日本海軍ということで米海軍軍楽隊がこの曲を演奏して迎えている。瀬戸口藤吉により1900年に作曲された。


一方、1949年に中国国歌となった「義勇軍行進曲」(注:中国語では「義勇軍進行曲」)は、中国から日本に渡ってきた聶耳(じょうじ、ニエアール Nie Er 当時23才 雲南省昆明出身)によって1935年に作曲された。この曲も素晴らしい曲だと思う。オリンピックでの中国人選手の活躍に伴い、近年になって耳に多く入るようになった。


この作曲家は、その年7月に神奈川県藤沢市の湘南海岸で残念ながら遊泳中に水死してしまった。現在、藤沢市の湘南海岸公園に彼の石碑が建てられている。生まれた場所と亡くなった場所の縁で、藤沢市と昆明市は現在友好都市となっている。


今回私が、このブログ上でおもしろい結果を披露してみようと思ったのは、ネット上で下記のような記事を発見したからだ。Searchinaというサイトの2010年5月7日の記事である。

以下引用

くすぶる疑念、万博ソングの盗作疑惑が国歌に飛び火も、識者は否定

(中略)

作曲者の聶耳氏は、作曲当時は東京に在住しており、作詞作曲を担当した両者ともに日本とかかわりがあったことは確かであるが、王錦思氏は「日本の行進曲を参照し、日本の単語を借用し、日本で完成した歌ではある」と認めながらも、義勇軍行進曲は日本からの盗作ではないと否定した。

引用終わり

「義勇軍行進曲」が盗作であることは否定しているが、「日本の行進曲を参照した」と書かれている。参照したのは、曲調からして、何を隠そう大日本帝国海軍の「軍艦行進曲」である。


ということで、どの程度参照しているか、今回わたしが愛用しているMacのガレージバンドというソフトを使って、二つの曲の出だしの2小節を、1小節ずつ分割してくっつけてみた。AA'  BB'という感じである。上のプレーヤーで聞いてみてほしい。なお、比較を容易にするために、小節ごとにキーをそろえてある。


似ている?似てない?私はやはり似ていると感じた。ちなみにこの部分以外は全く似ていない。


次に、もう少し検証しやすくするため、下記楽譜の通り、義勇軍行進曲の第1小節に、直前の音階と同じ高さに音符を一つ追加、第2小節からは音符を一つ削除して再度つなげてみた。


軍艦マーチ&義勇軍マーチ編曲楽譜キャプ.jpg


聴いて分かる通り、音符を1個入れる、あるいは1個抜くだけでほぼ同じになる。



1930年代から1940年代の日本において軍艦行進曲は、ラジオを通じて至る所で流れていた。東京に住んでいた聶耳も耳にしていただろう。彼はこの日本の名曲を参考にして、後の中国国歌となる素晴らしい曲のイントロに導入したと思われる。


義勇軍行進曲は、もともと「風雲児女」という1935年封切りの中国映画の主題歌として制作された。抗日映画とも言われている。田漢作詞の歌詞を見ると、確かに抗日とも取れるし、田漢は共産党員だったことからすると、対蒋介石国民党の歌とも取れる。


いずれにせよ、抗日とも取れる映画主題歌が、日本軍のマーチを参考にして作られたとしたら、それは「未国際化時代」「未情報化時代」のおおらかさゆえ、としか言いようがない。目くじらをたてることではない。


音楽に国境はない。最初の制作者に敬意を払いながら、たがいに刺激し合い、参考にしてどんどんいい音楽ができていけば、それでいいではないか、と思う。

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2010年01月01日

Party for Ping Ru

ダンスホールパラマウント.jpg
Anthem for Ping Ruに続いて、鄭蘋如(テンピンルー)の音楽ミックス第二弾 Party for Ping Ruを作ってみました。前回と同じく、The Shanghai Restoration Projectの曲で構成しています。下のプレイヤーで再生してください。再生がスタートしない場合は右端のダウンロードボタン(DLボタン)で一度ダウンロードしてから戻ってくると動くかと思います。(64bit windows7では今の所動きません)






1.Jade Buddha Temple (玉仏寺) 玉仏寺は上海の北部にある仏教の寺。秘宝の仏像があり上海の観光コースになっています。1938年には日中合同の戦没者慰霊祭が行われています。ピンルーの父親テンエツは敬虔な仏教徒でした。ピンルーの魂はこのお寺に眠っているかも・・・ということで、ピンルーを呼び出すためのイントロ曲です。 
玉仏寺.jpg   

2.Avenue Joffre  (2’20”〜)フランス租界を東西に貫くアヴェニュージョッフルは、現在は、上海のお洒落スポット准海中路(ワイハイチュウロ)と呼ばれています。1930年代には、ロシア移民が開いた洒落たレストランやカフェ、洋服店、宝石店などが軒を連ねていました。ピンルーはこの通りにある偉達飯店(いだつはんてん)というホテルで開かれた日中の和平に向けた秘密の会合に出席しています。この時の出席者はピンルーの友人だった日本特務の花野吉平、早水親重、国民党、中国共産党双方からの地下工作員らで、ピンルーと弟の南陽が通訳を務めました。下の絵はよく見たらキャセイシアターのある交差点から東を見たものだと分かりました。
avenue joffre.jpg

3.Lu Xun Revisited (Watch Me Dance) (5’10”〜) この日会った皆でAvenue Joffreで食事をした後、女性達が「ダンスホールに行きましょうよ」と提案。ダンスホールに向かう、そんなイメージの曲です。タイトルのLu Xun(ルーシュン)とは日本から上海に戻っていた魯迅のことです。


4.Old Timey Dance Party (Shanghai Restration Project Remix)/ Abigail Washburn & Sparrow Qualtet   (7’20”〜) 当時の上海ナンバーワンのナイトクラブはファーレンス。そこでは上海のトップダンサーとなった日本人女性マヌエラがエキゾチックな踊りを披露していました。この曲を聴くと鉄琴の効果音が聴こえてきます。ピンルーの特技の一つが鉄琴演奏でした。ピンルーが演奏しているイメージです。中国語のボーカルはなんとイギリス人女性です。ちなみに、この曲の元ネタは「康定情歌」(Kanding Love Song)といい、四川省の康定に伝わる民謡が1930年代後半に編曲されたもの。作曲家は不明らしいです。歌詞を下に載せておきます。3番4番の歌詞は( )内の方が一般的に歌われている歌詞です。中国人なら誰でも知っている恋の歌らしいです。

康定情歌.jpg
自分なりに訳してみました
1
パオマ山の上に   一筋の雲が流れている
明るく照らされている 康定のお城の街
綺麗な三日月が出てる 康定のお城の街

2
李家の娘は       とっても素敵
張家のお兄さんは    彼女に首ったけ
綺麗な三日月が出てる  彼は彼女に首ったけ
  
3
彼は彼女に首ったけ  とっても素敵な彼女
彼女も彼が好きになり 家を切り盛りしてる
綺麗な三日月が出てる 家を切り盛りしてる

4
たくさんの女が 私を愛し 
たくさんの男が  あなたを求めるのに
相も変わらず三日月は綺麗に輝いてる 
たくさんの男があなたを求めるのに

 
5.The Bund  (バンド) (12’5”〜)オールド上海のバンド地区(外灘)は西洋建築のホテルやビルが並ぶ上海の顔となる地区です。ジャズピアノと徐々にパワフルになるボーカルにあわせてピンルーたちが楽しそうに踊っている、そんなイメージです。

6.Miss Shanghai close up   (18'14"〜)楽しいひとときもついに終わってしまいました。お別れの歌です。
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2009年03月21日

Anthem for Ping Ru

鄭蘋如(テンピンルー)のアンセムとして、シャンハイ・リストレイション・プロジェクトのアルバムから何曲か選んで、試聴用につなげてみました。Shanghai Restoration Projectのアルバムジャケットのイメージは下の写真です。上海の南京路の夜景ですね。曲はiTunesなどでダウンロード販売されています。
SRP_cover.jpg


曲順は下の5曲。ミックスしてあると、どの辺で次の曲に行ったか分かりにくいのですが、各曲の( )内に曲が終わりそうな時間を書いてあります。プレイヤーのバーにマウスを合わせると経過時間が出ますので参考にしてください。全部で16分ちょうどです。再生ボタンを押してもずっとローディング中になる場合は、一度右端のダウンロードボタンを押してダウンロードしてから戻ってくると動くと思います。(64bit windows7では今の所動きません)


1.Miss Shanghai      →ミス上海のきらきらしたイメージで始まります。「もっと私のそばに来て。私があなたを感じられるように」「もっと私のそばに来て。私があなたと踊れるように」という歌詞がなんともいえません。(2分50秒くらいまで)

2.Pearl Tower (東方明珠電子台)→ピンルーが上海のラジオ局に勤めて、アナウンスや歌を披露していたことにちなんで。演劇の主役をしていた彼女は雑誌の表紙を飾ったりマスメディアに出て輝きをはなち始めていました。パールタワーは上海の新都心、浦東(プートン)にあるアジアで一番高い電波塔です。 (5分25秒くらいまで) 


3.Nanking Road (南京路)→上海黄金時代と言われる1930年代の南京路は、イギリス租界を東西に貫く最もにぎやかな通り。音楽のイメージも上げていく感じです。ピンルーが近衛文隆に出会った頃、きっとこの通りを闊歩したことでしょう。日中の架け橋になろうとエネルギッシュに活動していたピンルーのイメージです。
(8分35秒くらいまで)

4.Pudong (浦東) →浦東(プートン)は西洋建築の立ち並ぶ外灘(バンド)の対岸にある上海の新しい都心。1930年代の裏社会を牛耳った杜月笙の生まれた地です。地下工作員になったピンルーには秘密が増え、やがて命を狙われるようになります。ちょっと妖しいイメージのある曲です・・・  (12分8秒くらいまで)


5.Miss Shanghai Revealed →ミス上海のinstrumental版でやさしくエンディングです。25才で亡くなったピンルー。日中の和平に賭けた彼女の思いはかないませんでした。彼女の人生は悲劇だったかもしれません。しかし、ある意味永遠の生命が与えられた、そんな鎮魂歌です。

Miss Shanghaiの歌詞を載せておきます。
UP CLOSE
THIS IS HOW I SEE IT WITH YOU
REAL CLOSE
THIS IS HOW I DANCE IT WITH YOU
CLOSE, SO CLOSE
IS HOW I FEEL WITH YOU


LA LA LA, LA LA LA,
THIS IS HOW I SENSE IT WITH YOU
LA LA LA, LA LA LA,
THIS IS HOW I SENSE IT WITH YOU

SOUNDS SWEET
THIS IS HOW I HEAR IT WITH YOU
REAL SWEET
THIS IS HOW I TASTE IT WITH YOU
SWEET, SO SWEET
IS HOW I DREAM OF YOU

※繰り返し

YOU'VE GOT THIS FEEL OF
BRIGIN' TO LIFE
ALL OF MY SENSES
COMPLETELY REVEALED
DROPPIN' MY ARMS
LEAVIN' ME NAKED AND LIGHT

※繰り返し








posted by crer at 20:22| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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